なんかしたいって

ビジネスにおいての自発性ってどこから来るんだろう?がテーマ。

 

うちの若役員が 

新規の仕事につなげるための、会社としてのアクションを

いつでも明確に単純なもので示して来る。

たとえば展示会。高い金払って出店してそこから

一体どんなビジネスチャンスをひろってきて

今後どう取引をしていって元とって儲けにつなげるのかまで

見えている(考えた)からこその提案が

できることが羨ましい、

・・・まぁ、だからこそ役員なんじゃないかって

情けないけどそんな皮肉すら浮かんでしまう

 

 

その提案をしていく熱が若い人に足りないと言うのはごもっともかもしれない

ビジネス的視点をもってして仕事に打ち込むモチベーションなんて

どう培って行くかわからんよ興味もないよ

って「若者」側の立場としてすごく疑問なんだもの

 

 

 

そもそも発案に至るその視点 アンテナがないことが問題だと思う

自発性=何かしらの感情や欲求

なわけで

その何かの感情が生まれるための情報収集ってわざわざする?

そんなドライな意見も自分の中ではある

 

おそらくは要領のいいひとほど そうなんじゃないかなって

自分が批判されるかもしれない バッシングうけるかもしれない

提案するってそういうことだし

何かのプロジェクトにはそれはつきもの

あくまで「仕事」は「仕事」 「プライベート」がいちばん大切

さらに加えて

下請け的な業種もそれを後押しさせる

 

 

 

だけど

東京の展示会やイベントや展覧会を見て思うのは

「個人」では成し遂げ得ない「こと」が評価されてるんだなってこと

 

同じことの繰り返しやいままでやってきたことを反芻するだけでは

それは決まった「お仕事」であってそれ止まり

 

理解ができたなら 分解して 分析してまた企画して実行する

あたらしいことを創造する そのフィールドが

ビジネスだったりモノだったり大きいことだったりほんっのちっさいことだったり

するんだろうけど

それがすごく大切。私の価値観ではね。

だってだから「デザイン」って言葉に執着してるんだもん。

何かをうまくそつなくやりたいんじゃない。(できないし。)

べつに紙面レイアウト考えてるのが幸せなわけじゃない。それをデザイナーとも呼ばない。

ラフかけるのがクリエイティブなんてとんだ履き違え(描くって、手段じゃん。視覚表現じゃん)

そうじゃない、

ただ、何かをやりきる、成し遂げる(例えば展示会とか、イベント主催とか、ひとつ商品を作るとか、会社の中に自販機置くとか・・・飲み会企画でもいい)

そのあとに人におこる化学反応みたいなのってあるし、それを意図する方向におこすのがクリエイティブだって思う

どんな小さいことでも、人の内側に残したかけらを それをないがしろにしたくない。

一人の人間に対して起こせた風は

どんな規模になっても通用すると思ってる

社内でのフローとか自主性とか企画の説得性とか

それは社外の仕事でもそうだと思うし

なんなら窓口が一人の営業さんだったらなおさらそれは「お仕事」の範囲で

きちんとこなすまでにしか至らないんだと思う

何かを揺り動かすには 人と人の知恵が、ぶつかりが必要

 

だから「企業」が自分たちをまずデザインすることって大切なんだなあってほんの少し思った

社内でのぶつかりをも避けてしまったらそこに創造性はあり得ないと思う

 

 

社内での(若手って言ってたんだけど、それよりも)自発性がないのは

ビジネス視点と繋げさせるのを前提としているからなのかな

人間、得意不得意はあるから

じゃあそれぞれのフィールドでできることをものすごーく大切に任せていけばいいのではないかなぁ

 どっかで誰かと誰かが熱くなってなんかやってる

そんな距離感ではただの身内乗りになってしまうから対立するのであって

批判する人の意見が必要なとき立ってるし、そいつらですらも巻き込めばいい

 

それぞれの個性を必要な場面で発揮してもらえたらすごく強いと思うのになぁ

だれかが欠けても成り立たないっていう色が一度でも出たならそれは継続できるはず

一回のぶつかりあいを避けてはいけないのではないかなぁなんて思うけどねぇ

(外野だから言えることだけど)

 

 

とにかく、

その網にひっかかってきた雑魚を 拾ってくれた人に

後悔はさせたくないんだな私、って 気づきました。雑魚なりに。

 

クリエイティブな方向性に進みたい人間が社内で増えているのを

いまこそ勢力としていってやるって 渦中にいってやるって思う(雑魚なりに)

10数年 腹の中でふつふつとしていたもの

あきらめてきた熱を

私はここで大恥をかいて自分を変えたいから

頑張ってみようっておもってる

何ひとつ踏み出せずいたことに気づいたから

今まで何も、変えようとはしていなかったんだって

言い訳だけをし続けてたんだって気づかせてくれたから

 

ちらかっている

散らかってきた

あたまのなかが

情報が入って来るたびアレコレと考えてしまう

 

仕事を早く、覚えて、早く、ものにしなきゃ

いろんな仕様をつめこんで、

いろんな引き出しを知らなくちゃと漁ってる状態

 

なんも考えないで入れ込むだけではだめだ、きちんとファイリングしなければ

仕事のことも、興味関心のある部分も

そのつど片付けなくては

 

 

 

あなたのことはそれほど

 

りょうちゃんさんの言葉がまるで自分に向けられた言葉のようで

ああ私これを誰かに言い聞かせて欲しかったなと思った

 

 

誰かに憎しみという感情を植え付けることがどれほど酷くて恐ろしいことか

埋まらない隙間を作るというのは

言葉とか 短いスパンでは償いきれないことだと思った

みっちゃんはこの先も変わらない

ただ 失ったものと引き換えに 外側の世界へ目を向けるきっかけをつかんだ

多くの人が既に知っている目線を 

今 やっと知った 大きな子供 だと思った

私と一緒だ

 

 

過去の自分を何度も殺したと思っていた

答えはそうじゃなくて

言葉で自分を批判して 外敵から自分を守る殻をつくっていただけ

他人の口から真実を言わせないようにして 気づかないふりをして

逃げてたんだ

逃げたことない?うそ、無意識に、逃げまわってた

結局自分の欲を満たすことだけに

労力を費やしていたのだ

 

おかげで大好きだった友達も 離れていったし

優しかった大切な人をも傷つけて 突き放し

自分がバカにしてきた 何にも知らない 何も持っていない人間になったんだ

 

欲を満たすことは幸せなんかじゃなかった

 

目先の欲望を満たすことで幸せを履き違え

長い目で見た大切なものを失った

それでやっと子供に戻った

 

世間一般の倫理観を身につけることも

そのチャンスも自ら避けてきたような

愛や人を好きになることを知らない

体だけ成人を超えた哀れで不幸な子供だった

 

目が覚めた頃にはもう大きな差があるのだけど

それでもしぶとく生きて また貪欲に私は私の幸せを求めるのかな

人間の本能って醜いなって思う

これが現実

理想の私とは正反対

 

実際に逃げると口にして地元から逃げてはじめて気づいた

今更覚悟を決めて 実際に逃げたところで誰にも何もおこらないってことに気づいた

私、が納得しようがしまいが世間はそうやってまわってることに

 

 

気づいたことに

・・・意味を見出そうとする

また同じことを繰り返す本能が宿っている自分を信じられない

自分を生かし 欲望を殺す

大人になる日は来るのだろうか

 

 

さいきんのこと

新しい会社に4月から転職。

印刷会社の営業。

とは言いたくないが、くくり的にはそれ。

だけど、広告代理店のディレクター、みたいな、そんな立ち位置を目指して

とにかく今は詰め込んでいる。

仕事をするための知識もないんじゃ理想語るなんておこがましい。

いわゆる大ロット安売り競争の印刷屋、の立ち位置を考えるならばその立ち位置はうちの会社ではない、と信じたい。

 

だけどそういう時代を生きてきた会社で、もろに打撃を受けていて

そういう体質の営業のほうが多いのが現状

 

わたしはそれを悪いとは言えないし

専門知識をという点ではとても尊敬すべき方々ばかり

長く勤めていないと知識が深まっていかないのは当たり前だと思った。

 

各セクション、デザイン・プリプレス・プレス・加工で深い知識と技術が必要で 営業や管理は浅くても広い知識が必要で

わたしは今は後者を目指して頑張っているけれど

体質的に果たしてそれができるんだろうか

いまこの段階から、広い知識をとさぐりだしたら

それが体に染み込むのは何十年後か

そうしたら私が食らいついてきたクリエイティブな・デザイナーになるっていう夢は叶わないのではないかっていう不安が離れない

 

 

 

上司は営業としての立ち位置を変えるには

私なりのやり方で スタイルを築けばいいという

 

それってすごく嬉しいし、そこを作ることを許されていると思うと

ワクワクすらしてくるのは確か

だけどそれを築き上げたところで

それって自己満足でしかなくて

例えばまわすデザイナーは もはやデザインではなくオペレーションになってしまうし

それをよしとするか否かは人によって変わってくるとは思うけど 社内で歪みをつくる原因になったらどうしようか?

営業としての立ち位置を変えるってことは

会社の体質を変えることで

 

それってすごく難しくて長い目で見なければならないのではと思う

私のような新人がこれを変えていくのは無謀な話に思えてくる

ー理想論を語られているだけなのではないか?

 

もっと長期的な目で会社の方向性が変わる具体的な話があるのだろうか

多分まだ私には関係してこないような話なんだろうけど(聞かされても多分すぐ理解できん)

例えば受注した印刷物を刷るがメインの業務ではなく

広告代理店業のようなサービスができるレベルまで、マーケティングや企画に強い部門を作りそちらを軸にするべきなのではとか

かといってそれにすがりついたところで、果たして成長していけるのかと言われれば

それは印刷を捨てて別にシフトし死を免れた その程度でしかないとも思う

いまある会社の技術・先輩方が築きあげたブランドを捨てるのではない

何かいい道はないのかなぁ

なんてでかすぎる話を端っこで考えながら

 

紙の連量ひとつ覚えられない私なのでした。

 

 

り、理想語る前に現実を見ます・・・。

イケメンと理想的なボブカットの先輩と仕事ができてなんだかんだと仕事楽しいんですけどね。

最近それに甘んじて不真面目になってきてるから自制。

生活は苦しいけど!

それと引き換えに得た活力を無駄にしない!

頑張ります。

アウトプットとインプット

話していて、少しでも思ったことを声に出せた時に

あ、今、インプットしたことをアウトプットできたって思う

あとはその言葉が行動を伴うかどうかが問題で

どこまで具体的に落とし込んでいけるかで

先は長い

 

メモ

自分自身は人間関係において横軸はある程度まで構築できるからあとはそれをどう選りすぐりどう深めていくかって感じだなぁ

私は縦軸を見直すべきというか、決まりごとや義務、立場とか秩序を常に気をつけるべきだなって思う。

 

最近思うのは「知人」から「友人」になった時点ですこしの敬意をもたないとうまくはいかないっていうこと

友人枠になったと自分が思ったなら

なおさら粗末にしてはいけない枠だって意識したい

 

会社の上下関係も一緒だなって思う

相手を立てる、とかは最低限のマナーだけども、薄っぺらい言葉のようなとってつけたものでは意味はなくて

日頃の行動の細部に宿るんだなぁ

 

相手をたてることを考えて行動するって本当に難しい

どのラインまでが気遣いで、どこからが自分勝手ととられるのかは言葉のコミュニケーションでしかありえなくて
何かあるたび聞くことが第一歩であって でもそれは

自分の能力を推し量られる怖い部分でもあって、だから避けてきた
仕事だけでなく日頃から、
怒られる部分とか人に負の感情をもたらしてしまったのってそういうところだったな、

 

「バカを露呈してはいけない。」と思っていたのは違った。

行動でバカを露呈しては意味がないし逆にマイナスだった。

だったら乏しい姿を晒しながらでも、言葉で理解できるまで聞くしかないんだなぁ

 

今更ではあるけど やっぱり私はそういう人に憧れてきてるし

それが素晴らしい人っていう価値観なのは確かだから。

ないものねだりが苦しくても、それを続けるしか術はないと思った

 

周囲と同じ感覚を持つ。

今までそこに擦り合わせることを嫌っていたらいつのまにか

自分を嫌っていたのなら、

擦り合わせてみるしかないと思う。

自分に嘘をつくのではなくて 自分のために、外側を知るのだ

もう、競争から逃げるためだけに新たな価値やものを自分に着せるのはやめたんだ

同じフィールドでなければ意味がないから

結局他人を見ている人が素晴らしいとか強いなぁと感じる

子供を育てる母が大きく感じるように

 

 

昨日と今日

友達という存在にすこしだけ、いやかなり

救われた日だった

やっぱり、彼女はすごい。

いろんなことが勉強になった。

何年ぶりかのブログ

TwitterFacebookでフォローした人の動向が

いやでも目に入ってしまって

それが小さなストレスを積もらせていることに気づかず

自分自身の孤独を浮き彫りにする要因にしてしまっておったので

何年振りかに

ブログで書きたいことを書こうと思います

人の目を気にせずに

ネガポジ気にせずに