アウトプットとインプット

話していて、少しでも思ったことを声に出せた時に

あ、今、インプットしたことをアウトプットできたって思う

あとはその言葉が行動を伴うかどうかが問題で

どこまで具体的に落とし込んでいけるかで

先は長い

 

メモ

自分自身は人間関係において横軸はある程度まで構築できるからあとはそれをどう選りすぐりどう深めていくかって感じだなぁ

私は縦軸を見直すべきというか、決まりごとや義務、立場とか秩序を常に気をつけるべきだなって思う。

 

最近思うのは「知人」から「友人」になった時点ですこしの敬意をもたないとうまくはいかないっていうこと

友人枠になったと自分が思ったなら

なおさら粗末にしてはいけない枠だって意識したい

 

会社の上下関係も一緒だなって思う

相手を立てる、とかは最低限のマナーだけども、薄っぺらい言葉のようなとってつけたものでは意味はなくて

日頃の行動の細部に宿るんだなぁ

 

相手をたてることを考えて行動するって本当に難しい

どのラインまでが気遣いで、どこからが自分勝手ととられるのかは言葉のコミュニケーションでしかありえなくて
何かあるたび聞くことが第一歩であって でもそれは

自分の能力を推し量られる怖い部分でもあって、だから避けてきた
仕事だけでなく日頃から、
怒られる部分とか人に負の感情をもたらしてしまったのってそういうところだったな、

 

「バカを露呈してはいけない。」と思っていたのは違った。

行動でバカを露呈しては意味がないし逆にマイナスだった。

だったら乏しい姿を晒しながらでも、言葉で理解できるまで聞くしかないんだなぁ

 

今更ではあるけど やっぱり私はそういう人に憧れてきてるし

それが素晴らしい人っていう価値観なのは確かだから。

ないものねだりが苦しくても、それを続けるしか術はないと思った

 

周囲と同じ感覚を持つ。

今までそこに擦り合わせることを嫌っていたらいつのまにか

自分を嫌っていたのなら、

擦り合わせてみるしかないと思う。

自分に嘘をつくのではなくて 自分のために、外側を知るのだ

もう、競争から逃げるためだけに新たな価値やものを自分に着せるのはやめたんだ

同じフィールドでなければ意味がないから

結局他人を見ている人が素晴らしいとか強いなぁと感じる

子供を育てる母が大きく感じるように

 

 

昨日と今日

友達という存在にすこしだけ、いやかなり

救われた日だった

やっぱり、彼女はすごい。

いろんなことが勉強になった。