二番目の妹になれなくて苦しいのだ

全てを自分の味方につける

妹の存在こそが正しい生き方で

世間の価値観と比較すると

十分すぎるくらい正しいのだ

 

私は淘汰されていく

できの悪い人間は所詮何者にもなれないのだ

世間の価値観に擦り寄ることもできなければ

自分の価値観を確率することもできない

中途半端なままにおいといて

半透明なまま人生が終わっていく

 

 

他人になどなれないし 鳴る必要もないのに

強いものに従うことが正しいとは限らないのに

卑怯にも身近な人間を裏切ってまで

強い人にあわせて

大切な人をも傷つけて

 

漫画見たく きっかけがあって

反省をして やりなおすチャンスがきて

やり直して 取り戻せるものであればいいのになぁ

 

現実には 失った時に見えていたはずのものは

もうとっくにどこかへ消えたし

そのことから目を背けるのに慣れた頃には

自分のしたことを忘れてしまっているのだ

漫画の中の真の正しさは理想論でしかなくて

つっかえたその正義という価値観と

自分のギャップに

ただただもがいている

 

私は私のことしか見れない

私の中のものと一生戦うのだ

たとえば論理的なひとに惹かれて

そんな主人公が好きで

バカなくせにやたらと推理物がすきなのだ

その人にあこがれているから

それをバカにされるのがこわくて誰にも言えなかったりする

 

私はいつだって

私個人のプライドや体裁を守るのに常に必死なのだ

それもその場しのぎの

 

他人のことに感情を動かしたことがあっただろうか

どうでもよいことばかりだった

 

物心ついた頃には 3つ下の妹が生まれていて

いつのまにか

私が黙っていればそれで波風は立たないことがわかって

主張を諦めた

今も 主張したいことなど

その場で起こる感情くらいしかない

だから論理的な主張はできなくていつでも言いくるめられた

理想とは違う現実の自分の姿がひどく情けなかった

悔しかった

 

どうやら芸術と呼ばれる類のものであれば

感情を出すことを許されているのを感じたのと

それなら一人でもできたので

絵を描いていた

 

どうやらそう言った類であれば

何かしらの付加価値をとりつくろえるのだと身をもって知ったわたしは

そちらにばかり気を取られ続けた

異端なファッションだとか、ネット社会だとか、ファッションとしての絵だとか、楽器の演奏だとか、照明さんだとか、デザインだとか

薄っぺらいバリアをはる思春期だった

 

 

このまま

たとえば思うほど掘り下げたものがあったとして

そのゴールは

誰かをしあわせにするのだろうか

私自身の、自己満足と

勘違いをしているのではないか

気づけば大切なものには距離をつくり

嫌いなものを踏み潰すことを私はゴールとしている気がするのです

 

大事だとわかりきっている家族の元へ帰るといつも

家族や親戚のなかでの価値観は

全て私の立ち入る隙はなく

こんな満遍ない幸せな家庭で生きてきたのに

何をしてもむなしさがそこにあるのは

私が嘘つきだからなのだろうか

 

私は実家に帰れば車を運転できるから足としてしか認知されてないんだとか

二番目の妹の「姉」でしかないんだって

主張もない 流されるだけ

そのくせ金を使って気を引こうとする

奇をてらって気を引こうとする

そんなところなのだろうか

 

私が存在する理由は 妹の盾に、風除けになる

ただそれだけ

いつでも誰かの引き立て役

風景を作るエキストラ

いっそお金という確かな価値のつく保証というシステムに甘えて

自分の命を差し出したほうが

物理的に家族の役にたてるのだろうか

そこで家族に深い悲しみが残ろうが

私には関係ない