はしりがき

続けることというのは

あるときふいに引き出し開けて取り出せるものではない
例えば今のデザイナーの仕事がそうで 余白や文字や色や、美的感覚の全てを 考える

というのはやはり いつでも誰でも、はできないと思う
そこには訓練や知識が必要だし 頭を使う作業だと思う 

 

だから、体を動かして作業する工務が一番偉いだとか、

仕事取ってくる営業が一番偉いだとか、

管理職は名ばかりだとか、制作はなにやってるかわかりづらいから暇だとか、
見当違いに感じるなぁ

暇だとか、人の揚げ足や皮肉はいくらでも、いつでも取り出せるけれど 
見るべきところって本当にそこなんだろうか?
それぞれ役割をわけているのは、

それぞれが同じウェイトで必要だから、専念するために 分けられているのでは?

 


であれば、上下をきめるよりも
バトンのスムーズな回し方を考えたほうが皆が気持ちよくできるのになぁ…
と、
他部署の気に入らないところを羅列しているだけの女性の上司を見て悲しく思っているところです。

まぁ、これの本質はきっとその方は

’業務を改善したい’ではなく

’愚痴を言ってスッキリしたい・自分の立場が上ということを示唆したい’

だと思うから

体制を変えるとか業務レベルでの改善は意味をなさない気がする

端的に言えばその方の心の中の問題としか言いようがない

結局一個変えても永遠に彼女の中での愚痴は止まらないし、それが楽しいんだとも思う

わからんでもないけど

組織としてはそれに取り合うだけ無意味というか

 

会社内部じゃなくて外部を見て自分に刺激を与えることの方が

私個人としては大切だから

あんま社内の人間関係の愚痴、聞きたくないし その話するだけ無駄だと思うようにしてる

 

 

だって仕事中だけじゃなくて普段から。
考えるウェイトを常にどこに置くかは、その人次第だと思う。


視点はいつでも変えられるが、自分にしか変えられないもの。。

 

性質の違う人間はそれぞれにそれぞれの視点があり
それは完全に一致する相手はそういない。

だからもちろん理解すらできないところもあれば
他人は一部、本当に自分の鏡だと思うほど一致する部分があるはず。。

自分が人に対して発した批判の言葉は 自分に向けた戒めになることがよくあるように

よりそおうとすれば 相手も同じ距離だけ寄り添う気がする

意識して、他人に 目を凝らしてさえいれば。

感情に顔をうずめるその前に少し、自分の目で、にただただ 相手を見てほしい。

 

自分大好きっていう独裁的な人には要らない視点なのかもしれないけど、

私はそういう人であればシャッターを下ろします、完全に。